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東京地方裁判所 平成4年(ワ)4677号 判決 1992年7月23日

主文

1  被告らは、原告に対し、連帯して二〇〇万七五〇〇円及びこれに対する平成四年四月三日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  原告の請求

原告(借主)・被告ら(貸主)間の平成三年四月付の別紙物件目録記載の事務所(以下「本件事務所」という。)の賃貸借契約の平成四年二月末日合意解約に伴う保証金二〇〇万七五〇〇円の返還請求及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である同年四月三日から支払済みに至るまでの間の商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払請求(被告ら両名の連帯債務としての請求)。

第二  事案の概要

一  (争いのない事実)

1  各種の情報処理及び情報提供のサービスを目的とする有限会社である原告は、平成三年四月上旬、被告らとの間において、<1> 賃借期間を平成三年四月一六日から平成六年四月一五日までの三か年、賃料の額を一か月当たり二二万円とする、<2> 原告が被告らに預託すべき保証金は、賃料の一〇か月分(二二〇万円)とし、三か年毎に賃料の三か月分を償却するものとする、との約定によつて、本件事務所の賃貸借契約を締結してこれを借り受け、その際、被告らに対して、右の約旨に従つて保証金二二〇万円を預託した。

2  原告は、平成三年一二月初め頃、被告らとの間において、平成四年二月末日限り本件事務所の賃貸借契約を解約する旨の合意をして、同月二七日、被告らに対して、本件事務所を明け渡して、これを返還した。

二  (争点及び当事者の主張)

本件の争点は、右のような事実関係の下において、貸主である被告らが原告に返還すべき保証金の範囲の如何にあり、これについての当事者の主張は、次のとおりである。

1  (原告)

前記のような存続期間及び保証金の償却に関する定めがある賃貸借契約が途中で合意解約された場合において、貸主が保証金の返還義務を免れるのは、約定にかかる償却費のうち償却期間に対する実際の存続期間の割合に対応する部分に限られるものと解するべきであるから、被告らは、原告に対して、原告が預託した保証金二二〇万円から約定償却費六六万円のうち償却期間三六か月に対する実際の存続期間一〇・五か月の割合に対応する額一九万二五〇〇円を控除した残金二〇〇万七五〇〇円を返還する義務がある。

2  (被告ら)

右のような場合においては、貸主は、賃貸借契約の実際の存続期間の如何にかかわらず、預託を受けた保証金から約定にかかる償却費全額を控除した残額を貸主に返還すれば足りるものとするのが不動産賃貸借の実務であるし、被告らは、賃貸借契約の締結に際して、原告の代表取締役に対して、賃貸借契約が途中で解約された場合においても賃料の三か月分の全額を償却する旨の説明をし、これについて原告の承諾を得ていたものである。

第三  争点に対する判断

一  先ず、事務所等の賃貸借契約において、借主が貸主に預託することを約した保証金の性質は、これを限時解約金(借主が賃貸期間の定めに違背して早期に明け渡すような場合において貸主に支払われるべき制裁金)とするなどの別段の特約がない限り、いわゆる敷金と同一の性質を有するものと解するのが相当であつて、貸主は、賃貸借契約が終了して目的物の返還を受けたときは、これを借主に返還する義務を負うものというべきである。

そして、本件におけるように、貸主が預託を受けた保証金のうちの一定額を償却費名下に取得するものとされている場合のいわゆる償却費相当分は、いわゆる権利金ないし建物又は付属備品等の損耗その他の価値減に対する補償としての性質を有するものであり、この場合において、賃貸借契約の存続期間及び保証金の償却期間の定めがあつて、その途中において賃貸借契約が終了したときには、貸主は、特段の合意がない限り、約定にかかる償却費を賃貸期間と残存期間とに按分比して、残存期間分に相応する償却費を借主に返還すべきものと解するのが相当である。

二  この点について、証人西脇満男又は原告田村光男は、償却期間の途中において賃貸借契約が終了した場合においても、貸主は約定にかかる償却費の全額を取得するのが通常であるとか、原告田村光男が賃貸借契約の締結に際して右の旨を原告の代者取締役に告げたとかを証言し又は供述するけれども、《証拠略》に照らして、右のような取扱いが不動産の賃貸借契約における一般的な慣行であるということはできず、また、原告と被告らとの間において右のような合意がなされたものとも認められないし、本件事務所の賃貸借契約について作成された契約書中にも右の趣旨を窺わせるような条項は一切見当たらないのであつて、本件においても、左に説示したところとは別異に解すべき理由はないものというべきである。

三  したがつて、被告らは、原告に対して、原告が預託した保証金二二〇万円から約定償却費六六万円のうち償却期間三六か月に対する賃貸期間一〇・五か月の割合に対応する額一九万二五〇〇円を控除した残金二〇〇万七五〇〇円を返還する義務があるものというべきである(なお、本件におけるように、貸主が数名の共同である賃貸借契約が解約された場合においては、数名の貸主は、借主に対して、連帯して保証金を返還する義務を負うものと解するのが相当である。)。

第四  結論

以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九三条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

《当事者》

原告 有限会社インターフェイスネットワーク

右代表者清算人 東川喜弘

右訴訟代理人弁護士 新井正煕

被告 田村光男 <ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 美村貞夫

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